2009年11月29日
学生時代の思い出

今日は、そのOBで結成された合唱団の定期演奏会でした。
演奏会の最後に、会場にいたOBたちもステージに上って、学生時代に歌いなれた曲を一緒に歌ってくれました。
当時の熱い思いがこみ上げてきたようで、歌っている彼らも、聞いている私も胸にこみ上げるものがありました。
ふと、自分も学生時代に一年間だけ合唱団に入っていたことを思い出しました。
当時の事がなぜか急に、鮮明に思い出され、あの合唱団は今もあるのだろうか、とインターネットで検索してみると・・・・
ありました。
懐かしいやらうれしいやら、、、
たった一年で辞めてしまいましたが、OB(OG?)に加えていただけたら嬉しいな・・・などと思いながら、、、、
今日の演奏会を羨ましいと思ったのでした。

2009年11月28日
煎茶の講義
宇治にある黄檗山万福寺へ行ってきました。
名残の紅葉とでも言ったらいいのでしょうか。
市内ももう大分散ってきましたが、万福寺にはまだ数本、色づいた葉が見られました。

黄檗は、ここから煎茶の文化が広まった事もあり、煎茶道とはとても縁の深いお寺です。
今日は、ここで煎茶についての講演会が開かれました。
全部で4講、朝から夕方まで講義を受けるのは大学を卒業して以来、久しぶりですので、
学生に戻った気分でなんだかうれしくなってしまいました。
講義はどれも思っていた以上に面白い内容でした。
黄檗とお茶の歴史、茶摘歌、煎茶道具、黄檗文化誕生の秘密と謎、
どれも知らなかったことばかり、、、
聞かなかった人は大分損しましたね。
講義室の後ろに、資料が展示されていました。
その一つ、売茶翁の茶道具が描かれた本に載っていた茶鑵の図を見て思わず、、
「これ、うちにもあるわ!」


まさか売茶翁が使っていたものではないでしょうが、一番右側のものと形はそっくりです。
前から煎茶の道具に違いないと思っていたのですが、改めて確認する事が出来ました。
何かと収穫の多い講演会でした。
名残の紅葉とでも言ったらいいのでしょうか。
市内ももう大分散ってきましたが、万福寺にはまだ数本、色づいた葉が見られました。
黄檗は、ここから煎茶の文化が広まった事もあり、煎茶道とはとても縁の深いお寺です。
今日は、ここで煎茶についての講演会が開かれました。
全部で4講、朝から夕方まで講義を受けるのは大学を卒業して以来、久しぶりですので、
学生に戻った気分でなんだかうれしくなってしまいました。

講義はどれも思っていた以上に面白い内容でした。
黄檗とお茶の歴史、茶摘歌、煎茶道具、黄檗文化誕生の秘密と謎、
どれも知らなかったことばかり、、、
聞かなかった人は大分損しましたね。

講義室の後ろに、資料が展示されていました。
その一つ、売茶翁の茶道具が描かれた本に載っていた茶鑵の図を見て思わず、、
「これ、うちにもあるわ!」

まさか売茶翁が使っていたものではないでしょうが、一番右側のものと形はそっくりです。
前から煎茶の道具に違いないと思っていたのですが、改めて確認する事が出来ました。
何かと収穫の多い講演会でした。
2009年11月27日
残菓包み
お茶のお稽古でいただいたお干菓子などを持ち帰るとき、いつも適当に懐紙に包んでいましたが、
残菓包みという包み方を見つけました。
早速折ってみました。

まず、懐紙の真ん中にお菓子を置きます。
このとき、懐紙を少し斜めに置くのがこつ。
黒い斜めの線は折り線です。
(もちろん、お菓子はずらしてください。)

上の写真の線の位置(だいたい)で折ります。
懐紙の吉の折り方(左上から右下に折上げる)を下向けに折ったかたちになります。
このとき、折った線が水平になるよう置くのがこつ!のようです。

下の二つの角がちょうど上の線と同じ高さになるよう折あげます。

下から5ミリぐらいのところをもう一度折ります。

両端を裏側に折って出来上がり!
この次からはこんな風に包んで帰ろうと思います。
残菓包みという包み方を見つけました。
早速折ってみました。
まず、懐紙の真ん中にお菓子を置きます。
このとき、懐紙を少し斜めに置くのがこつ。
黒い斜めの線は折り線です。
(もちろん、お菓子はずらしてください。)
上の写真の線の位置(だいたい)で折ります。
懐紙の吉の折り方(左上から右下に折上げる)を下向けに折ったかたちになります。
このとき、折った線が水平になるよう置くのがこつ!のようです。
下の二つの角がちょうど上の線と同じ高さになるよう折あげます。
下から5ミリぐらいのところをもう一度折ります。
両端を裏側に折って出来上がり!
この次からはこんな風に包んで帰ろうと思います。
2009年11月25日
照り葉続き
昨日の照り葉に続いてもう一度。
夕方帰宅した時、夕日が照りつけた紅葉の色の鮮やかさに思わずカメラを取り出して撮影しました。

なんと美しいことかと、しばし見とれていました。
ああ、でも、私の腕ではそれを写真に撮る事はできません。
せいぜいこれくらいです。カメラを買い換えようかしら。
紅葉が一番美しい時間帯は夕方だと私は思います。
日が落ちる少し前、木の裏側から色づいた葉越しに太陽に向かうと、葉が透けるように、赤が透明感を増して鮮やかになります。
その後、日が落ちてまだ暗くなる前の、日の名残のような明るさの中、紅葉はまた違った色を見せてくれます。
遠くの山もこの時間が最も美しい。
家から見える紅葉した比叡山は、やはり、この時間帯が待ち遠しいほど美しくなります。
お天気のいい、夕方4時半ごろです。
心穏やかに幸せを感じる今日この頃です。
夕方帰宅した時、夕日が照りつけた紅葉の色の鮮やかさに思わずカメラを取り出して撮影しました。
なんと美しいことかと、しばし見とれていました。
ああ、でも、私の腕ではそれを写真に撮る事はできません。
せいぜいこれくらいです。カメラを買い換えようかしら。
紅葉が一番美しい時間帯は夕方だと私は思います。
日が落ちる少し前、木の裏側から色づいた葉越しに太陽に向かうと、葉が透けるように、赤が透明感を増して鮮やかになります。
その後、日が落ちてまだ暗くなる前の、日の名残のような明るさの中、紅葉はまた違った色を見せてくれます。
遠くの山もこの時間が最も美しい。
家から見える紅葉した比叡山は、やはり、この時間帯が待ち遠しいほど美しくなります。
お天気のいい、夕方4時半ごろです。
心穏やかに幸せを感じる今日この頃です。
2009年11月24日
照り葉
今年も庭の紅葉が照りました。
葉が紅葉するのを「照る」というのは、お茶の先生から教わった言葉です。
紅葉した葉っぱは「照り葉」
いい言葉だなあと思います。
でも、京都だけの言い方なのでしょうか。
今年は、しっかり照る前に大分散ってしまいました。
なんとなくスカスカな感じがしてちょっと残念ですが、しばらくは目を楽しませてくれそうです。

2009年11月23日
京都一周トレイル~比叡山から銀閣寺~
朝のうち、下界から見上げると比叡山には雲がかかっていたので、出かけるのを一旦は中止したものの、昼前から太陽が顔を出してきたので、やはり出かけることにしました。
叡電に乗り、八瀬まで行きました。

駅からケーブルカー乗り場へ行く途中の橋の上から。
ここは、夏は地元の子供達が川遊びをしているのを良く見かけます。幸せな子供達ですね。
今は色づいた紅葉が見ごろです。


この道の横にある”茶屋”?はなかなか雰囲気があります。
残念ながら今日は貸切でしたが、いつか行ってみたいと思います。

ケーブルカーの車窓からも、紅葉が、、、
手を伸ばせば届きそうです。

ケーブルカーを降りて、いよいよ今日のトレイル開始です。
眼下に、少しけむった洛北が見渡せます。

比叡山の上から北白川へ下りていくコース。
始まりはこんな道です。

この川は修学院へ流れる音羽川に合流します。
水につからないようにとの配慮からか、ブロックが置かれていますが、ズボンのすそが濡れました。
昨夜は雨だったので、水かさがいつもより多いのかも・・・

地図にのっている「石鳥居」はこのことでしょうか。
トレイルは右の道を行きます。

このコースは平坦な道が多く、歩き易いと思いますが、
こんな石ころだらけのところもあります。
雨上がり、積もった落ち葉、、、、
すべって転んだら大怪我になるかもしれないと、慎重に歩きました。

トレイルコースの寄り道コース、
瓜生山に登るコースを選びました。
山頂(といっても景色がいいわけではありませんでした。)にあったお堂です。
家へ帰って調べると、これが狸谷不動院の奥の院らしい
ちょっとこわいような・・・

奥の院から狸谷不動院へ続く道には36童子が置かれています。
これは33番目の「普香王童子」

このあたりは石切り場であったことから、あちらこちらに大きな石が残されています。
石の灯篭として作られたもののようですが、使われる事がないまま、苔生したまま置かれていました。

瓜生山から下りて、本来のトレイルコースとの合流場所です。
私達は写真には写っていない、左側から来ました。

大山祇神社
ゴールはもうすぐです。

瓜生山から北白川へ続く道は川と道が一緒になっている感じです。
この後、バプテスト病院の横に出て、銀閣寺まで住宅街を通ります。

この近くは頻繁に通りますが、この道(志賀越道)は歩いた事がありません。
北白川天神宮という神社を見つけました。
聞いた事がなかったのですが、ひっそりとしていながらも手入れの行き届いた境内でした。
いつか改めて来てみようと思いました。
トレイルの途中、たくさんの方とすれ違いました。
中には、このコースを自転車で駆け上っている人もいてびっくりです。
あらためて、トレイル人気が高まっている事を感じました。
さて、次回は西山?北山?
叡電に乗り、八瀬まで行きました。
駅からケーブルカー乗り場へ行く途中の橋の上から。
ここは、夏は地元の子供達が川遊びをしているのを良く見かけます。幸せな子供達ですね。
今は色づいた紅葉が見ごろです。
この道の横にある”茶屋”?はなかなか雰囲気があります。
残念ながら今日は貸切でしたが、いつか行ってみたいと思います。
ケーブルカーの車窓からも、紅葉が、、、
手を伸ばせば届きそうです。
ケーブルカーを降りて、いよいよ今日のトレイル開始です。
眼下に、少しけむった洛北が見渡せます。
比叡山の上から北白川へ下りていくコース。
始まりはこんな道です。
この川は修学院へ流れる音羽川に合流します。
水につからないようにとの配慮からか、ブロックが置かれていますが、ズボンのすそが濡れました。
昨夜は雨だったので、水かさがいつもより多いのかも・・・
地図にのっている「石鳥居」はこのことでしょうか。
トレイルは右の道を行きます。
このコースは平坦な道が多く、歩き易いと思いますが、
こんな石ころだらけのところもあります。
雨上がり、積もった落ち葉、、、、
すべって転んだら大怪我になるかもしれないと、慎重に歩きました。
トレイルコースの寄り道コース、
瓜生山に登るコースを選びました。
山頂(といっても景色がいいわけではありませんでした。)にあったお堂です。
家へ帰って調べると、これが狸谷不動院の奥の院らしい
ちょっとこわいような・・・
奥の院から狸谷不動院へ続く道には36童子が置かれています。
これは33番目の「普香王童子」
このあたりは石切り場であったことから、あちらこちらに大きな石が残されています。
石の灯篭として作られたもののようですが、使われる事がないまま、苔生したまま置かれていました。
瓜生山から下りて、本来のトレイルコースとの合流場所です。
私達は写真には写っていない、左側から来ました。
大山祇神社
ゴールはもうすぐです。
瓜生山から北白川へ続く道は川と道が一緒になっている感じです。
この後、バプテスト病院の横に出て、銀閣寺まで住宅街を通ります。
この近くは頻繁に通りますが、この道(志賀越道)は歩いた事がありません。
北白川天神宮という神社を見つけました。
聞いた事がなかったのですが、ひっそりとしていながらも手入れの行き届いた境内でした。
いつか改めて来てみようと思いました。
トレイルの途中、たくさんの方とすれ違いました。
中には、このコースを自転車で駆け上っている人もいてびっくりです。
あらためて、トレイル人気が高まっている事を感じました。
さて、次回は西山?北山?
2009年11月22日
思い出
昨日、高校時代の友人が、ご夫婦で京都観光のついでに我が家に寄ってくれました。

渋柿のへたの部分を焼酎につけ、密封した容器に入れ数日、甘くとろっとした感触の柿に変身します。
私の生まれた地方でも、同じ方法で柿の渋を抜きます。
私の母は、これを、「焼酎にさわす」と言っていました。調べてみると「醂す」と書くようです。
夜、早速皮をむいて食べてみると、「ああ、この味・・・」と、子供の頃の記憶が蘇ってきました。

子供の頃、秋になると米どころの生まれ故郷は、村総出で稲刈りをします。
お互いの家の稲刈りを手伝って、夜は宴会です。
宴会で振る舞われる料理の中で今も記憶に残るのは、
甘く煮込んで柔らかいドライフルーツのようなイチジクの甘露煮、
菊の花のお浸し、きりたんぽ、、、
柿を焼酎にさわすのもこの頃だったと思います。
柿が甘くなるまで日にちを置かなければならないので、食べられる日が待ち遠しかったのを覚えています。
それから、庭先で祖母がはたはたのすし漬けを作っていたのも思い出しました。
この地方の冬には欠かせない品で、毎年の暮れ、今でも叔母が送ってくれます。
雪の降り積もった山道を、妹と二人で、道の木をゆらして枝の雪がどさっと落ちてくるのを面白がって歩いた事、
雪の下に何があるのか知りたくて一生懸命雪を掘って見つけたもの、、、
柿が私の記憶を呼び起こしてくれました。
雪の下には、1、2センチほどの水仙の芽が春を待っていました。
幸せな子供のころを次々と思い出しながら、いつの間にかリビングの床の上で寝てしまいました。
お土産に持ってきてくれた柿です。
福島県は会津の「みしらず柿」、
福島県は会津の「みしらず柿」、
渋柿のへたの部分を焼酎につけ、密封した容器に入れ数日、甘くとろっとした感触の柿に変身します。
私の生まれた地方でも、同じ方法で柿の渋を抜きます。
私の母は、これを、「焼酎にさわす」と言っていました。調べてみると「醂す」と書くようです。
夜、早速皮をむいて食べてみると、「ああ、この味・・・」と、子供の頃の記憶が蘇ってきました。
子供の頃、秋になると米どころの生まれ故郷は、村総出で稲刈りをします。
お互いの家の稲刈りを手伝って、夜は宴会です。
宴会で振る舞われる料理の中で今も記憶に残るのは、
甘く煮込んで柔らかいドライフルーツのようなイチジクの甘露煮、
菊の花のお浸し、きりたんぽ、、、
柿を焼酎にさわすのもこの頃だったと思います。
柿が甘くなるまで日にちを置かなければならないので、食べられる日が待ち遠しかったのを覚えています。
それから、庭先で祖母がはたはたのすし漬けを作っていたのも思い出しました。
この地方の冬には欠かせない品で、毎年の暮れ、今でも叔母が送ってくれます。
雪の降り積もった山道を、妹と二人で、道の木をゆらして枝の雪がどさっと落ちてくるのを面白がって歩いた事、
雪の下に何があるのか知りたくて一生懸命雪を掘って見つけたもの、、、
柿が私の記憶を呼び起こしてくれました。
雪の下には、1、2センチほどの水仙の芽が春を待っていました。
幸せな子供のころを次々と思い出しながら、いつの間にかリビングの床の上で寝てしまいました。
2009年11月19日
花
お茶のお稽古で、先生が活けたお花をもらってきました。
まねをして、家でありあわせの花器に活けて見ました。
まねをして、家でありあわせの花器に活けて見ました。
壁に影が写って二重に見えてしまいましたが、、、
なかなか思うようにはいきません。
でも、これからは私も庭に山野草を植えて季節の花を楽しもうと思っています。
もうすぐ庭の椿が咲きそうです。
なかなか思うようにはいきません。
でも、これからは私も庭に山野草を植えて季節の花を楽しもうと思っています。
もうすぐ庭の椿が咲きそうです。
2009年11月17日
阿闍梨餅


こんな日は、あったかいお茶で一服したくなります。
お煎茶を習っているくせに、普段はどうしてもコーヒーを飲んでしまいます。
でも、今日はやはりお煎茶。
というのも、いただきものの 阿闍梨餅 があったから・・・
京都以外の方には、京都のお菓子と言えば、あの生八橋にあんこの入った〇〇〇が有名ですね。
(〇〇〇にはいろいろな名前が入ります。)
私も決して嫌いではありません、、、
が、実際に京都の人がよく食べるのはやはりこの阿闍梨餅でしょう。
もちもちとした皮の中にあんこがたっぷり入って、甘すぎず、素朴でやさしいおいしさです。
阿闍梨餅の下には辻徳の懐紙「香之図」を敷いてあります。
銘々皿が和紙製なもので、、、、
さて、もうひとつ、このお盆ですが、たしか青森ひばでつくられたものだとか、、、
数年前に購入したので、よく覚えていませんが、、、
これも私のお気に入り。つや消しの表面、色、はとてもシックですし、大きさも手ごろ、何を乗せても合います。
お気に入りのお菓子とおいしいお煎茶をお気に入りのお盆に乗せ、まったりとお茶でもすれば、
外の寒さも「まあ仕方がないか・・」という気になってきます。
2009年11月15日
辻徳 ギフト仕様
急に寒くなってきました。
コートの襟を立てたくなる季節・・・とでも言いましょうか、、
京都は紅葉が真っ盛りです。

紅葉狩りには暖かくして出かけたいものです。風邪やインフルエンザにかからないように!
さて、寒くなる季節は同時にギフトシーズンでもあります。
このごろ好評をいただいているのが、この熨斗紙です。

年末キャンペーン用に撮影したものなので、「御年賀」の文字が入っていますが、文字は用途によって変えられます。
懐紙にも、懐紙入れにも付けられます。
年末年始のご挨拶や、ちょっとしたお礼の気持ちやお返しにお使いいただけるとうれしいですね。
この熨斗紙がいいと、再注文される方もいらっしゃるほど。
熨斗紙は無料でお付けします。
このごろ、ナンだか私の周りでは懐紙を持ちたい方が増えてきて、嬉しい今日この頃です。
コートの襟を立てたくなる季節・・・とでも言いましょうか、、
京都は紅葉が真っ盛りです。



さて、寒くなる季節は同時にギフトシーズンでもあります。
このごろ好評をいただいているのが、この熨斗紙です。
年末キャンペーン用に撮影したものなので、「御年賀」の文字が入っていますが、文字は用途によって変えられます。
懐紙にも、懐紙入れにも付けられます。
年末年始のご挨拶や、ちょっとしたお礼の気持ちやお返しにお使いいただけるとうれしいですね。
この熨斗紙がいいと、再注文される方もいらっしゃるほど。
熨斗紙は無料でお付けします。
このごろ、ナンだか私の周りでは懐紙を持ちたい方が増えてきて、嬉しい今日この頃です。